展覧会を終えて

福田星良

今回の展示を観に来てくださった方々の、何も感じない、何も見えない、パワーが無いというご感想、絵を描くということは話すことの苦手な私にとってコミュニケーションツールだったはず、なのになにも伝えることが出来ない。一体自分は何をやってきたんだ、そう思いました。

私は小さいころから、人と話すのが苦手で、引っ込み思案の子供でした。今も自分をうまく言葉にして人に伝えることに対するコンプレックスがとても強いです。うまく感情を言葉に出来ないことに対する憤りの感情が渦巻くたびにどうにか、誰かに伝えたくなりましたが、表現する手段も解らず、もどかしい思いを常に抱えていました。 私が感じている、見えているこの感情は一生誰にも理解出来ない、と思いほとんど感情をしまいこんでしまいました。その後、高校生になるとき、美術科に進学しました。 そこで小さいころたくさん絵を描いていたことを思い出し、私は再び絵を描くことと出会いました。

高校時代、私が繰り返し描くものは、なにでもない、模様や色彩の固まりのようなもので、そのなんだかよくわからない固まりが私自身の形に出来ない感情と重なり、言葉にするよりも、この方法なら何か人に伝えられるかもしれない、と思いそのような経緯から出来たのが今回のDMに載せていただいている、「仏陀」という作品でした。現代の仏画として描きました。日本の伝統的な絵画から文様を抜き出し、組合せ、変型し、巨大な形の固まりを作り光背とし人物には弥勒菩薩の形をとらせました。この絵を見た人にとって救いになるような、これからの自分にとって救いとになるような絵にしたかったのです。

この高校時代の経験をきっかけに、絵を描くことで表現出来る方法を見出した私は芸大の受験を決意しました。日本で一番優れた美術の大学でもっと技術も知識もつけて、この表現方法を追求しよう、もっと人に伝えられる力を付けよう、そう思っていました。しかし私は大学に入ったことに安心し甘えていたのです。「ここにいれば安心、安全だ、おとなしく絵を描いていこう」という気持ちが心の底にあったのでしょう。学校の中での評価ばかり気にしてしまい、外にでたときの自分の作品と言うものを想像することが出来ていませんでした。表現方法を追求するための勉強をしなくなり、本当に自分の追求したものを忘れようとし、隠して、封印しました。

日本画はとても美しい。不勉強の私の目にはそれだけ、しか映っていませんでした。だから、自分が日本画を描いて行くのならば同じように、美しい絵を追求しなければいけないという勝手な観念が頭にこびりついていました。美しくなければ間違っているのではないか、自分を出すのが恥ずかしいと思い、描きもせず挑戦もせず、きれいなものを選んできれいに描こう、それが正しく、安全なことだ、と自分に言い聞かせ、どんどん怠けているだけの自分を正当化しようとしていたいたように思います。いつのまにか、日本画らしくしようと一生懸命になっていて、本来の目的を見失っていました。

しかし、今回の日本画を考える展覧会で、自分はどんな答えを出し、それを発表するかということが問われ、表現することを怠けていた自分を改めて見つめ直したときに、悲しいくらい出来ることは何も見当たりませんでした。唯一、頼りにしたのが高校生のとき表現することのきっかけを見つけた当時の自分でした。その結果の作品が今回出品したものです。 長い間放って置かれたつたない表現が弱々しく現れ、それこそまさに今の自分の象徴でありました。情けなかったですが、改めて自分はここから進むべきだったのだ、と気づかされたのです。

いつのまにか、表現を追及することへの情熱や絵を通じて人とコミュニケーションする喜びを忘れて、怠けていた。誰のせいでもなく全て自分の無自覚と甘えから来るものでした。今回展示を観に来てくださった方の、何も感じない、パワーがないというご意見はもっともだ、と思いました。私には今この時代を生きているという自覚も無かった、何もみてこなかったし、何も描こうとしていなかったのだから。芸術家が、何をすべきなのかなど考えもしなかったのに、呑気に芸術大学に通っていた自分を恥ずかしく思いました。

私は日本画の美しさと、その言葉にとらわれ過ぎていた、実際に心動かされ、影響を受けてきたものは、美しいものだけではなくて、リアルに心に突き刺さるような生なましさをもった作品だったはずだ。美しいもの醜いものなど関係なく、いろいろな手法で時代を記録し、映してきた、だからこそ、芸術作品は後の時代まで大切にされてきた、生きている環境、目には見えない時代というものの、においや音をもっと敏感に感じ制作すること、今「綺麗だ、」といわれ消費される絵ではなく、国境や言葉や時代も超えて行ける、未来の人の心にまで届くような絵をかくことが目的だ。そう思うにつき日本画という言葉にこだわること、その存在の意味が、自分の中では薄れていきました。 本当の意味で今の時代を生き、表現する、それが昇華した作品が出来たときそれを周りの人はもしかしたら、日本画と呼んでくれるのかも知れない。私自身が、日本画になろうとするのではなく、一番大切な事と向き合って作品を作っていくことが重要なのだ、そう在ろうと思ったことが今回の展覧会を終えての私の感想です。

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