展覧会を終えて

杉山愉岳

この度は日本画zero展をご高覧頂き誠にありがとうございました。この度、このような日本画を考える展示に参加できた事は、自分の人生にとって、とても大きな事だったように思います。

今まで、グループ展等、何度か開催してきましたが、今回ほど後味の悪い展示はありませんでした。私にとって展示は、自分の技術や技量、精神をわがままに出し切って、それを鑑賞者の方に良くも悪くも評価してもらい、この行為こそが絵画の真髄なのだと思い込む事に終始していました。それはきっと、制作者も鑑賞者も無責任な行為なのだと今回思いました。そして今回の展示ほど日本画に対して悩み、自分に対して否定し続け、六年間も在学した学校に対して考えさせられる事は無かったです。

私はその学校の博士試験を受けましたが落ちました。当然、受かるつもりでいましたし、自信もありました。なぜ落ちたのか。。。ついこの間まで学校が悪いんだ。何かの間違いなんだと思い込んできましたが、その原因は自分にあるのだと最近、気付きはじめています。

それは今回の作品にも出ていました。自我の押し付けと思い込み。そして吐き出し。その行為を美徳とする錯覚。今回の作品は自分崩壊の作品と言っていいように思います。

私は以前、蜻蛉や植物を主題とした絵を描いてきました。もともと、その場の空気や匂い、温度、湿度、想い出などを画面に閉じ込め、それを表す為の手助けになる様に動植物を描いていました。自然と画面の中の間が多くなり、最終的にはモチーフも固定できるほどの密度までもっていけました。

私は予備校の時からとにかく描けば良さが出てくると色々な先生から言われ作品を作ってきました。もちろん描く事により満足ゆく成果も上げてきたので、その助言に疑問視する事はありませんでした。

しかし私の描きたいものはそこにはありませんでした。描き込んでどうにかするような絵ではなく、いかに描かずして本質を捉えるかを研究してゆきたいです。予備校の頃、とある美術館で長谷川等伯の松林図屏風という作品を見たとき身震いし、立ちつくしてしまいました。なぜここまで手数を少なくしてあれ程の存在が放てるのだろうかと。

大学時代では岩絵の具での塗り重ねや洗い出し等、紙をどこまでいじめてかけるかに挑戦し技術を上げてゆきました。深みも出ましたし、紙に描いているとは思えないような質感もできました。しかし何か違う。この違和感が大学を出た今、大きく膨らみました。もともとのやりたかった墨の世界をやってみたいと。

それがここ一、二枚の作品です。まだまだ筆が手になじまず、墨の無限の色への理解も浅い。これではダメです。そして何よりダメだったのが、前の表現である逃げの気持ちがまだ残っていた事でした。思い切りが弱い。どうにか手数でそれっぽく見せる。こんなんでは一筆入魂はできません。

これからひたすら筆と墨と紙に向き合いもっとこの自分にある余裕をなくしてゆきたいと思っています。描かずして何をどう描くか。雲を掴むような話ですが、やり続けたいと思っています。
そして今でも日本画がわかりません。自分もわかりません。私はゼロの状態になってしまいました。博士試験に落ちたからではなく、自分にはもともと何もない事を知ってしまったのです。
そして日々、下を向いて歩いています。でも歩いています。

展示は何かを達成する喜びに満ちていたはずなのに、酷評を浴び、それを打破するだけの物も持ち合わせておらず、自分すらわからない。これが今回の展示の結果です。そして、日本画のおざなりにしてきた物が明るみになり、目を覆いたくなるような光景ばかりですが、その上をかみしめながら歩いて行こうと思います。私は日本画を潰されようと酷評を浴びようと日本画家として歩き続けます。それは今までの自分を支えてくれた人、信じてくれた人に対し日本画という答えを言いたいとせつに願っているからです。

このように私は今回の展示で、自分のダメさを知ったと同時に、より日本画という物に対して密度の高い執着が芽生えました。これからが第一歩だと思っています。日々歩き続けます。

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