展覧会を終えて

田村吉康

かの手塚治虫先生が、あるエライ画家(確証は知りませんが、ある日本画家という噂を聞いたことがあります)から、「君の絵はデッサンができていない」と言われ、それを生涯のコンプレックスにしていた、というお話は、マンガ業界では有名な逸話だと思います。

もちろん、現在では美大出身者のマンガ家も多いですが、高校生や、早ければ中学生の内にプロデビューすることもあるマンガ界では、美大や芸大に行かず、「正式な」美術教育を受けないままで、それ故、「正式な」絵画、芸術に対するコンプレックスを、多少なりとも持っているマンガ家も多いのではないでしょうか。

絵画とマンガを別物として、「どうせ自分が描いているのはマンガだから」と卑下してみたり、逆に「絵画なんてお上品なものは、自分には関係ない」と嘯いてみたりするのも、ある意味コンプレックスの裏返しかと思います。

少なくとも、私はそうしたコンプレックスを強く持っていました。

私はこれまで、趣味として絵画を描いても、公募展等にはほとんど出したことがありませんでした。
なぜなら、公募展はたいてい洋画部門と日本画部門に分かれており、私にはその意味がわからなかったからです。

もちろん、日本画は岩絵具と膠で描くもの、という知識はありました。また、現在の「日本画」が、明治維新の際の急速な西欧化に対抗するため、岡倉天心等が創造した言葉だ、ということも知っていました。しかし、なぜ今でも当然のように、「洋画」と「日本画」を区別しているのか?仮に油絵の具と岩絵具を混ぜて描いたら、公募展ではどちらの部門に出せばよいのか?私には単純に謎でした。

岩絵具と膠を使い、日本古来からの伝統的な手法を踏襲することが無意味だとは思いませんが、仮に永徳が、光琳が、蕭白や若冲や昔の日本の巨匠達が、現代に蘇り、現代のより便利な素材や技法を吸収したら、あえて岩絵具と膠を使うだろうか?私にはそうは思えませんでした。しかし、仮に永徳がアクリル絵の具を使って描いたとしても、それはやはり永徳の絵なのでしょう。

絵画は素材論や技法論のみではありえないはずで、それでも「日本」という文字を冠した「日本画」というジャンルが現在も存在する以上、その定義は日本の美術史の文脈に裏打ちされた、日本人としての美意識に則ったものであるはずであり、そして私は、それが何かを知らない・・・。

正式な美術教育を受けていないために、自分は絵画のことが根本的にわかっていない、そして美大に行けば、そのなにか「大事なこと」を教えてもらえるのではないか・・・という、漠然とした美大への憧れがあり、美大生への羨ましさがありました。将来、お金と時間に余裕ができたら、美大に入りなおしたい、などと考えたこともありました。

しかし今回の「日本画を考える展覧会」において、村上先生や出品者の皆さんのステイトメントや、ツイッターやブログでの様々な反応を拝見させていただくにつれ、東京藝術大学の日本画科においてすら、日本画とは何か、何を描けばいいのか、と迷い、模索している方々が居る現状を知り、驚くとともに、自分のこれまでの認識の甘さを痛感させられました。

そもそも考えてみれば当然のことですが、絵画とは何か、日本人として描くべきものは何か、という深遠な問いは、一生をかけて考え続けるべきものであり、たかが大学で数年間学んだからといって、何らかの答えが得られるようなものではないのだと思います。

それなのに、自分の中で勝手に美大をユートピアとして仮想し、そこにお金を払ってお客として入れば、何らかの答えを教えてもらえる・・・と夢想していたとは、何と無自覚で、無責任で、他力本願な考えだったかと、猛省しています。

私は突然、喉元に匕首を突きつけられていることに気付きました。正式な美術教育を受けていないからといって、それがなんなのでしょう?そんなのはただの言い訳にすぎません、自分の絵画が未熟なのは自分自身の問題でした。結局は何事も、自分で勉強しなければならないのだと、こんな当たり前のことに今更気づく自分に呆れています。

今回の展覧会も、「日本画とはなにか」というコンセプトや、その展示には村上先生の明確な意図があり、美術の鮮やかさとは思考の鮮やかさなのだ、と知らされる思いでした。美術とは知的なパワーゲームであり、私もその戦場に立とうとしている、それなのに私はまだ何も武器を持っていません。

私は自分の無知と無能が恐ろしい。私は猛烈に学習し、思考しなければならない、それも今すぐに!猛烈な焦燥感にかられています。私は世界を見に行かなければならないと思います。そして思考を理論化し、自分のアイデンティティを確立しなければいけない、しかもそれは一度確立すれば終わりというものではなく、時代の変化とともに次々と新たな論理と表現を模索し続けなければならないのでしょう。

ちょうど、手塚治虫先生が、デッサンへのコンプレックスから「漫画記号論」を提唱し、しかし劇画の流行とともに挫折を味わい、苦悩し、その果てに劇画の要素を自らのものとして取り入れ、「ブラック・ジャック」を描いた様に。私はもっと慟哭しなければならないのだと思います。

道は果てしなく遠く、険しく、絶望感にかられそうにもなりますが、今回の経験を糧に、これからもできる限りの精進を重ねてまいりたいと思っております。

最後になりましたが、今回の展覧会に参加させていただいた光栄に感謝いたしますとともに、村上先生はじめカイカイキキの皆様、展覧会に来てくださった皆様、そしてメールやツイッターで感想や批評をお寄せくださった皆様に、厚く御礼申し上げます。本当にありがとうございました。

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