村上福寿郎 変遷

『グッドタイミングクラブ2012』展の作家、
村上福寿郎の若き日のスナップ写真 をココで紹介します。

福寿郎の生きて来た時代。

特に敗戦間もない日本の地方集落は誠に貧しく、学校に行く夢等持てず
向学心を持つ者が馬鹿者扱いされてしまう。
そういう時代でもあったそうです。
福寿郎は年齢的な成人を迎え、しかし、学校にも行けず、
地元での職も乏しいため、当時発足した『自衛隊』へ入隊し、
職を得つつも資格を取るというチョイスをしました。

その自衛隊での他愛無いスナップショットをココに掲載します。
写真の福寿郎は笑顔満面ではありますが、その心の中に渦巻くドグマを
どう処理すれば良いか、解らずに、日々溜め込み続けていました。
主に、戦争への理不尽と、国家への不審です。

自衛隊除隊後は、東京へ就職先を求めて上京し、
タクシードライバーが生業となり家族を持ち、貧しさから抜け出すべく
日々の労働に勤しんでいましたが、戦争と国家の在り方への憤りの火は
心の中で消える事無く、その炎の量だけ、作品を造って行くエネルギーと
なって行ったようです。

福寿郎自身の自衛隊でのスナップと
その子、隆、裕二、妻、イツ子の写真をぱらぱらと
紹介致します。
コメントは福寿郎とイツ子によるものです。

村上隆

●村上福寿郎=福
●村上イツ子=イツ子

小銃では、ロシア軍には勝てないよ。ミサイルで攻めて来るぞ。(福)

熊本生れの、キカン坊で、給料はすぐに使いはたし
大隊食堂の配膳係の長をやっていた男、
まさに九州男子の見本の様な、ナイス・ガイだった私の後輩です。(福)

米軍の航空隊が千歳飛行場に居て、毎年3軍記念日、千歳飛行場を開放し
日本人の皆さんにサービスをしていました。
私のキャンプから6kmぐらいの処でしたから、見学に行っていた。
5名は私の中隊の隊員で、私もその中の1人で左端です。
後ろの機体は米空軍のスパイ機で、
ブードウと言うアフリカでの宗教名が飛行機の名前です。(福)

私はこの時、土長と云う昔の上等兵と同じ階級でした。(福)

3中隊の砲兵隊員たちです。私は計算兵でした。(福)

これから外出で、グッドな気分、ついニンマリ。
映画を観て、飲み屋でサントリーのトリスを飲み最後にジンフィズで締めです。
キャンプには、門限はPM9時30分まで。
休日は終わりで、明日から又雪かきと訓練です。(福)

弾薬運搬車を運転中。(福)

大隊長と中隊長と少隊長と一部の隊員。私は最後列。
(最後列の向かって右端です。何で大隊が居るのか、知りません。)(福)

この服装が戦闘服です。(福)

同じ班員と、一服です。(福)

熊本生れの九州男子で、名前は大保。(福)

子供達と女房です。
一生懸命、働きました。
家族を養う為に。(福)

洗濯湯と花壇の前で。
頼りになる隆6才。裕二3才。
いつでもウルトラマンポーズ。(イツ子)

隆4才 図鑑の様な本が好き。
本箱と椅子は、福寿郎手造り。(イツ子)

隆5才半、裕二2才半。
何時でも何処でも、隆と一緒。
隆は弟を可愛がった。
裕二は、隆が右向けば右、同じ事ばかりして遊んだ。
隆はちいさいながら、役に立った。(イツ子)

CATEGORY

CALENDAR

3月 2012
« 2月   4月 »
 1234
567891011
12131415161718
19202122232425
262728293031  
  • ARCHIVE

TWITTER

SEARCH

ACCESS

〒164-0001
東京都中野区中野5−52−15
中野ブロードウェイ 3F
03-5345-7825
開廊時間:12:00 - 19:00
定休日:通常は水曜定休とさせて頂きますが、その都度お知らせ致します。

マップはこちら